チェンマイの夜空に、数えきれないほどのランタンがゆっくりと昇っていく光景。
映画『塔の上のラプンツェル』の元になったとも言われる、とても幻想的な風景ですよね。

このコムローイ祭り(イーペン祭り)の期間には、世界中の人がこの美しい光景に惹かれてチェンマイを訪れます。
しかし、この祝祭は、「わあきれい!」というだけの観光イベントではありません。

「コムローイ(フライランタン)」はなぜあげられるのか、どういう意味があるのか、どんな思いが込められているのかご存知でしょうか。

知ればもっと感動できる!
きらびやかなイベントの裏側にある、お祭りの心、チェンマイの歴史と文化につながりましょう。

この記事を読めば、以下の全てがわかります

これがわかる!

・「きれい」なだけじゃない!コムローイ祭りの本当の意味
・「どうしてランタンをあげるの?」の秘密
・街に飾られる「アイテム」の名前と表す意味

キラキラと輝く光景が、何倍も美しく見えてくるはずです。

コムローイ祭りの正式名称「イーペン」とは?
祭りの名前に隠されたその始まり

ランタン上げで有名になったため、特に日本では「コムローイ祭り」と呼ばれるため、このサイトでも基本的には「コムローイ祭り」と表記しますが、このお祭りの正式な名前は「イーペン」(Yi Peng / ยี่เป็ง)といいます。
これは、この地方で使われてきたラーンナー語で、「2番目の月の満月」を意味する言葉です。

そのルーツは、チェンマイを含む現在のタイ北部一帯を、かつて広く治めていた「ラーンナー王国」の独特の文化にあるのです。

原点は「収穫への感謝」。精霊と共に生きた人々の祈り

ラーンナーの古い暦(ปฏิทินล้านนา / Patithin Lanna)で2月は、長く続いた雨季が明け、稲の収穫が始まる大切な時期でした。

イーペン祭りの原型は、土地や水、木々に宿ると信じられていた精霊「ピー」(Phi / ผี)たちに、その年の収穫を感謝し、来年の豊作を祈るための、大切な農耕儀礼だったのです。

ねこマイ@チェンマイのねこ

精霊「ピー」(Phi / ผี)のおうちはタイ全域でどこにでもみられるコレ。
ねこが乗っちゃったり、入っちゃったりするヤツ。

タイ北部の気候(雨季と乾季)

乾季(ฤดูหนาว / Ruedu Nao)
: 雨季が終わる10月下旬から11月頃、涼しく乾燥した「乾季(涼季)」が始まります。空は晴れ渡り、気候が安定する時期です。

雨季(ฤดูฝน / Ruedu Fon)
: タイ北部の雨季は、通常5月頃から始まり、10月中旬から下旬まで続きます。
この期間は長く雨が降り続きます。

タイ北部における稲の栽培と収穫

収穫期 ฤดูเก็บเกี่ยว (Ruedu Kep Kiao):
稲は雨季の間に成長し、雨季が明けて涼しくなる11月から12月にかけて収穫の最盛期を迎えます。この時期は黄金色に実った稲穂が広がる美しい季節です。

田植え ดำนา (Dam Na): 伝統的に、雨季の初め(7月~8月頃)に田植えが行われます。

仏教との出会いが生んだ、奥深い祈りの形

やがてこの地に仏教が伝わると、精霊「ピー」に祈りを捧げる農耕儀式は新しい意味を重ね、さらに奥深いものへと変化していきます。

もともとあった空の精霊への感謝の儀式は、「天上にいる仏陀を礼拝する」という仏教的な意味が加えられるようにになりました。
具体的には、天にある仏陀の聖なる髪が納められた仏塔を拝むため、と説明されるようになったのです。

古い信仰が否定されるのではなく、その上に仏教という当時の「新しい教え」が融合したというわけ。
この積み重ねが、イーペン祭りをとても味わい深いものにしているのかもしれませんね。

これが、「イーペン」が仏教儀式であると同時に、収穫を感謝するお祭りである秘密です。

光と水に込められた祈り。祭りを読み解く4つのシンボル

イーペン祭りは、ラーンナーの人々が考える宇宙観を、街全体で表現する儀式でもあります。
天(空)、水、大地、そして天と地を繋ぐ道。
それぞれの祈りの「かたち」を知ると、祭りの風景がもっと立体的に見えてきます。

1. 【天】コムローイ(天灯):
天へ届ける「浄化」と「祈願」の光

夜空へ放つランタンは「コムローイ」(Kom Loi / โคมลอย)と呼ばれます。
これは「ランタン」を意味するコム(Kom / โคม)と、「浮かべる」を意味するローイ(Loi / ลอย)を合わせた言葉です。

そしてこのランタンには以下の二つの意味合いが込められていいます。

浄化
自分自身の厄や悩みといった悪いものをランタンに乗せて空高くへ手放し、燃え尽きることで身を清める。タイ語ではこれを「サダオ・クロ」(สะเดาะเคราะห์ / Sadao Khro) といい、厄払いや業を払う儀式を指します。コムローイが燃え尽きて消えることで、自らの厄も清められると信じられています。

ねがい
家族の健康や幸せ、そして天上の仏陀への感謝を光に託して天に届ける。
天上の神聖な存在や仏様へ願いを届ける行為 は コー・ポーン(ขอพร / Kho Phon)と呼ばれます。

つまり、コムローイには、

  1. 祭りの大きなテーマ:「感謝」
    • イーペン祭りは、稲の収穫期に行われます。そのため、祭り全体の根底には、豊作をもたらしてくれた自然や、仏様への「感謝」という大きなテーマがあります。
  2. 仏教的な意味:「ブッダへの礼拝」
    • ラーンナー地方の伝説では、コムローイを上げるのは、天にある仏塔「プラ・ケートケーオ・チュラマニー」(พระเกศแก้วจุฬามณี / Phra Ket Kaeo Chulamani) に納められている仏陀の聖なる髪の毛を礼拝する (บูชา / Bucha) ためとも言われています。これは非常に重要な信仰的側面です。
  3. 個人的な意味:「浄化」と「祈願」
    • そして、祭りに参加する人々は、その神聖な機会に、自分自身の個人的な願いも込めます。それが「厄を払い(浄化)、新たな幸福を願う(祈願)」という行為につながっています。

という意味があるのです。

2. 【水】ロイクラトン(灯篭流し)
:水の女神へ捧げる「感謝」の祈り

同じ時期、街を流れる川では、バナナの葉で作られた美しい灯篭「クラトン」(Krathong / กระทง)を水に流す「ロイクラトン」(Loy Krathong / ลอยกระทง)という儀式も行われます。

ロイ(ลอย)ということばは前述のように「浮かべる」という意味で、浮かべるのが空でも、水の上でも同じ単語を使うのですね。

これは、私たちが生きるために使い、時には汚してしまった水への感謝と謝罪を、水の女神「プラ・メー・コンカー」(Phra Mae Khongkha / พระแม่คงคา)に捧げるための儀式です。

ロイクラトンはタイの全域で行われるお祭りです。
もともとはタイ中部のスコータイ王朝で始まった風習で、今でもコムローイと同じ時期にロイクラトンの大きなお祭りがスコータイ歴史公園で行われています。

チェンマイがユニークなところは、この水への祈りと、空への祈りが融合し、一度に行われるところ。
それにより他に類を見ないお祭りとなっているのです。

A large green leafy plant in a garden

3. 【地からブッダへ】神聖な装飾
:地上を「聖域」にする門と智慧のあかり

パーンプラティップ

そして、街の至る所で灯される素焼きの小さな蝋燭「パーンプラティップ」(Phang Prathip / ผางประทีป)。
灯りの光は、仏教において「無知の闇を照らす仏陀の智慧(ちえ)や悟り」の最も重要な象徴です。この無数の光は、仏教の教えである「悟り」「繁栄」を象徴すると同時に、私たちを守ってくれる大地への感謝を表しています。

スム・プラトゥーパー(門の飾り)

さて、お祭りには街やお家の飾りが欠かせないものです。
祭りの期間中、家々や寺院の門には「ซุ้มประตูป่า」(Sum Pratu Pa / スム・プラトゥーパー) と呼ばれるアーチが飾られます。
アーチは主にバナナの木の幹 (ต้นกล้วย / Ton Kluai) やサトウキビの茎 (ต้นอ้อย / Ton Ooi)、ヤシの葉などで骨組みがつくられ、美しい花々やランタンで飾り付けられます。

これは、「三道宝階(さんどうほうかい)」という仏陀が天上の世界で自らを産み無くなってしまった母親に説法をした後、地上に戻ってこられたという仏教の伝説に基づき、仏陀をお迎えするための門として、日常の空間を儀式の舞台へと変える役割を果たしています。

「三道宝階」に関連するタイ語の用語

タイ語の名称日本語の意味解説(指し示すもの)
วันพระเจ้าเปิดโลก
(Wan Phra Chao Poet Lok / ワン・プラチャオ・プート・ローク)
仏陀が世界を開かれた日「三道宝階」の伝説で、仏陀の威光により天・地上・地獄が見通せたという奇跡的な出来事そのものを指す言葉。
วันออกพรรษา
(Wan Ok Phansa / ワン・オークパンサー)
出安居(しゅつあんご)仏陀が帰還された記念日の名称。仏教の雨季の修行が終わる重要な日で、タイの祝日でもある。
ตักบาตรเทโว
(Tak Bat Thewo / タクバート・テーウォー)
テーウォー托鉢仏陀の帰還を再現し、人々がこぞって托鉢をしたという伝説に基づく特別な托鉢儀式の名称。「เทโว (Thewo)」は「天からの降下」の意。
「スム・プラトゥーパー作り」
「スム・プラトゥーパー作り」 https://lannainfo.library.cmu.ac.th/lannatradition/yeepeng-chumpratupa.phpより引用

「コムローイのランタン」
「ロイクラトンの流し灯篭」
「スム・プラトゥーパーの門飾り」
「パーンプラティップの智慧の灯」

これら4つの代表的な伝統的アイテムが、天と地と水を繋ぐ、ラーンナーの人々の世界観・信仰の想いを形作っているのです。

祭りの背景にあるラーンナー文化のシンボル

以下の二つは、コムローイの時期でなくても、いつでもチェンマイで見られるものですが、ランナーの文化に深く根ざしているのでご紹介します。

1. トゥン(ラーンナーの旗)
:祈りを天に届ける「聖なる梯子」

街を歩いていると、布や紙,もしくは金属などでできた細長い「トゥン」(Tung / ตุง)という旗を目にするかもしれません。日本流にいえば「幡」です。
これは単なる飾りではなく、ラーンナー文化を象徴する、とても大切な儀式の道具です。

トゥンは、天国へと続く「梯子」「道」を象徴し、人々の祈りを天に導く、または、亡くなった方の魂を天国へ導く道しるべとしての役割を持つと信じられています。

トゥンは、タイの旧正月であるソンクラーンで最も活躍し、イーペン祭りはもちろんのこと、お寺固有のお祭り、さらには葬儀、家の新築祝い、厄払いなど多くの人生儀礼で祈りを持って掲げられます。

2. コムクウェーン(吊り下げランタン)
:仏陀へ光を捧げる

ラーンナー文化を象徴するもう一つの灯りが、色鮮やかな吊り下げ式の提灯「コムクウェーン」(Khom Khwaen / โคมแขวน)です。

北タイ以外でも、ラーンナー様式の寺院やレストランなどでは、文化の象徴として常時飾られていることもあります。

竹ひごで作った星や八角形などの骨組みに、美しい紙や布を貼って作られ、その形や色には様々な種類があります。これもまた単なる装飾ではなく、仏陀へ光を捧げる「พุทธบูชา(プタブチャー)」という、大切な信仰の形です。

提灯から放たれる光は、仏陀の智慧(ちえ)が煩悩の闇を照らし、人々の人生や未来を明るく導いてくれることの象徴とされています。

イーペン祭りの期間中は、いつも以上にたくさんのコムクウェーンが、寺院や家々の軒先に飾られ、街全体を幻想的な雰囲気に包みます。
このコムクウェーンを眺めに、お寺をまわるのも、コムローイ祭りの時期の大きな楽しみの一つです。

コムクウェーンにはいろいろな形のものがあります。
街中やお寺で探してみてくださいね。

  • アリの巣ランタン (Khom Hang Mot Som / โคมฮังมดส้ม)
  • 星形ランタン (Khom Dao / โคมดาว)
  • 壺/ダイヤモンドランタン (Khom Hai, Khom Phet / โคมไห, โคมเพชร)
  • 筒形ランタン (Khom Bok / โคมบอก)
  • 回転ランタン (Khom Phat / โคมผัด)
  • 箱型の浮き灯籠 (Khom Loi / โคมลอย)

現代のイーペン祭り:「ショー」と「祈り」二つの顔を知る旅

イーペンの顔 1
世界が注目する圧巻の「光のイベント」

多くの観光客が体験するのが、このチケット制の巨大イベントです。
チェンマイ郊外の広大な敷地で、数千、時には1万ものランタンがカウントダウンで一斉に打ち上げられます。
この光景は、もともとあった伝統ではなく、観光客を惹きつけるために近年になって「創出された」もので、食事や伝統舞踊の鑑賞などもセットになった、見ごたえのあるイベント。
方やローカルの人たちは、思い思いに水場にでかけ、クラトンを流したり、コムローイをあげたり、花火を打ち上げてお祝いをしています。

しかし、「創出された」とはいっても、とても大事な儀式ですし、「タイの楽しさ」を感じることのできる素敵なイベント!楽しく安全に敬意を持って「おじゃまします」しましょう。

イーペンの顔 2
地域に根差した伝統的な「コミュニティの祈り」

もう一つの顔は、チェンマイの旧市街を中心に行われる、より伝統的でローカルな祝祭です。
ワット・パンタオのような由緒あるお寺では、無数のランタンが灯る境内で、僧侶たちが読経を行う厳粛な儀式が、誰でも無料で見学できます。
川のほとりでは、地元の人たちが家族や友人と静かに祈りを捧げる姿があります。
こちらは「ショー」ではなく、この土地に生きる人々の、ありのままの「お祭り」に参加させてもらうような体験ができます。
せっかくチェンマイにまできたのですから、ぜひ、こちらの光景も焼き付けたいところ。
「せーの!」でランタンをあげる美しさとはまたちがった、素朴でのんびりとした、そしてタイ人らしいおおらかさのあるランタン打ち上げや灯籠流しもぜひトライしてくださいね!

光の物語を知れば、旅はもっと豊かになる

チェンマイの夜空を彩る、あの無数の光。

それは、豊かな自然への感謝から始まった、人々の素朴な祈りの灯りでした。
やがて仏教の教えと出会い、より深い意味を持つようになりました。

そして現代に至り、世界中の人々を魅了する一大イベントへと光景と姿を変えながらも、その魂は街の片隅で、今も静かに力強く受け継がれています。

あなたがコムローイの光を見上げるとき、その一つひとつに込められた、長い時間の物語を少しだけ思い出してみてくださいね!

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